誰が本当に肩身が狭いのか【分煙】

こんにちは。

先日の風はどうも春一番らしいですね井浦です。

今日はなかなかの小春日和な暖かさ。

眠くなりますな(笑)

■ようやく

我が社にも喫煙所ができました。

休憩所の傍らにあったロッカー室を、喫煙所に改造したようです。

これから換気扇をつけるそうで、より休憩室へ煙が行くことが減りそうです。

当初言われていた場所とは違いましたが、

今のほうが快適な感じがして、結果的に良かったんじゃないかなぁと思います。

■「タバコ吸う人間には肩身が狭い世の中になった」

中年以上の喫煙者は、だいたいこう言います。

僕の世代だと会社で分煙はもう当たり前だったので、

事務室内でタバコを吸ってたなんてのは、『あぶない刑事』が最後じゃないでしょうか。

そういう時代を経験された方は、だいたいこう言います。

僕は元々喫煙者なので、言ってる気持ちは理解できます。

が、立場が変われば見方も変わる。

僕がタバコを吸ってた時期は、周囲でタバコを吸わない人のほうが少なかったので、

比較的どの場所でもタバコが吸えました。

禁煙席と喫煙席に別れているのはファミレスくらいのもんで、

路上禁煙とか歩きタバコがどうとか、話題になることも少なかったと思います。

社会人になって、税務署に配属されたときには分煙化がされていて、

事務室内で吸うことはできませんでしたが、

いいサボりの理由にできたので特に不便も不満もありませんでした。

東京に来てそういう経験をするようになって、

なんとなく「悪者」になったような気がしてきていたのは確かです。

で、禁煙に成功して、

元来タバコの煙が嫌いだから、休憩室でタバコを吸われることに嫌悪感を募らせていました。

そうなって初めて考えるようになったのが、

非喫煙者の立場や思い。

喫煙者は「肩身が狭い」と言いますが、

むしろ今まで肩身の狭い思いをしていたのは非喫煙者なんですよね。

考えてみたら、

僕はお婆ちゃん、叔父ちゃん、叔母ちゃん、両親とタバコを吸うので、

物心付いたときから受動喫煙していたわけです。

こちらの意思に関係なく、

環境によって吸いたくもない煙を吸わされていたわけです。

これって、

メチャクチャ肩身が狭いと思いません?

「煙い」

と言っても聞いてくれるわけでもなく、

逃れようにも煙に壁は立てられません。

どう考えても、

『嗜好品』になってない。

喫煙の趣味がない人にとっては、趣味を押し付けられ続けたわけです。

そう考えたら、分煙はただの住み分けであって、

誰かを「肩身の狭い」思いにさせようとしてるわけじゃないんですよね。

■僕も服もタクシーもタバコの臭いから開放された

ありがたい話です。

いままでの話の流れで言えば、

ありがたいもクソもないですけど(笑)

そういうわけで、

路上喫煙するバカヤローども!

人の迷惑振りまいて、どの面下げて天下の公道を闊歩しよるんじゃい!

人への思いやりがあってこその『嗜好品』やろがい!

そんなに吸いたきゃ、宇宙服でも被って吸えってんだい!

以上です。

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