人間潔く身を引くことも大事です。いつまでも食い下がっても、結果が良くなるとはかぎらないのです。【中学生のときを回想】

こんばんは。

なにやら色んな所で今日は涼しいみたいですね。

こういうとき、SNSで各地の様子が伺えるのもオモシロイです。

と言いながら、

今日は殆ど寝てたしスーパーに買物行ってたし弁当の仕込みしたりしたし、

そんなにSNS見てないです。

■激辛グルメ祭りに行ってきました!

先日、普段の僕なら絶対に足を踏み入れない場所へ行ってきました。

写真はある筋から拝借しました。

写真はある筋から拝借しました。

サムネのお兄さんは、会場に出店している『バインセオ・サイゴン』のお兄さん。

名前は知らない。

先日の『蒙古タンメン中本 北極ラーメン 激辛味噌』への挑戦は、

この場に来るためのものだったのです。

そのための前哨戦として挑んだ北極ラーメンでしたが、見事に撃沈。

あまりの辛さに悶絶し、スープを飲み切ることも敵いませんでした。

そのうえ、後から現れる北極ラーメンチャレンジャーは、

いずれも「そんなに辛くない」「辛さの向こうに旨さがある」とか、

気が触れたとしか思えないようなコメントを綴っておりました。

狂ってる。

辛いですって!

で、そんな『激辛グルメ祭り』の様子をレポートしようと、

昨日も昼休みにセッセコ書いては消し書いては消しを繰り返し、

気がつけば休み時間をオーバー。

こりゃ今日中に書くのは無理だと別のテーマに差し替えました。

改めて書こうかと思っていたら、

このイベントに一緒に行った高橋健一朗さんがとっても秀逸なブログを拵えてました。

舌バカ野郎が決める辛さランキング【激辛グルメ祭り】

うん。

読んだけど、レポートとしても甘ちゃんな僕への蔑み方といい、

最高じゃないですか!

もう、僕書くことないや。

そんなわけで、激辛グルメ祭りへのリポートは終了です!

■では全然違うお話をひとつ

僕は好きなことが沢山あります。

食べることや映画を見たり漫画を読んだり。

運動も好きだし、ドライブとか遠くに出掛けるのも好きです。

全部特別上手いとか高い知識を持ってるとかではないですが、

できるだけ食わず嫌いにならないように触れてみて、

楽しければチョコチョコやっていたりします。

そんな中のひとつ、運動について。

元来、喧嘩が強いとか腕っ節が強いとかがなく、

どちらかというとイジメられるタイプです。

兄貴や親戚のお兄ちゃんにはいつも泣かされていたし、

体が特別大きいわけでもなかったので、

そういう男らしくない部分にコンプレックスを持っています。

そして、

テレビで流れるアメリカ映画といえばシュワルツェネッガーやスタローンのような、

筋肉隆々なスターがガンガン活躍してるわけです。

もうね、あんな風にならないと男とは言えないくらい考えてましたもの。

習い事は習字だったしで、そのまま小学校を卒業。

中学では入る部活を野球部に決めていました。

高校球児とかカッコイイじゃないですか。

男らしい姿もテレビで見るし、

中学で上手くなればなにか見つかるかも!なんて思ってました。

仮入部が何日か過ぎ、顧問の先生からこんな話が。

「入部する際、練習用のユニフォームを購入してもらう」

「1万円だから、親に確認して入金するように」

とのお達し。

早速帰宅して親に相談しました。

義務教育でユニフォームが必要な部活などしなくていい

という親父からの一言で野球部への入部を断念(けっこう素直)。

今考えると、衝撃的な一言ですけどね(笑)

「じゃあ一番金が掛からなそうな部活って・・・、水泳部?」

「水着一枚あればいいんよね?」

その理由だけで水泳部の門を叩き、そのまま入部。

小学校からの友達もいたし、先輩は野球部に比べて優しい人ばかりだったので、

すんなり入部した12歳の春。

25mも泳げないのに。

クロールで息継ぎできないのに。

これはたぶん、中一の中体連での一枚。 坊主が伸びた髪をしているので、間違いない(笑) 他の部員があまりに黒かったので当時は「なんでこんなに白いんだ」と思ってましたが、 今となってはこれでもだいぶ焼けてるな。

これはたぶん、中一の中体連での一枚。
坊主が伸びた髪をしているので、間違いない(笑)
他の部員があまりに黒かったので、
当時は「なんでこんなに白いんだ」と思ってましたが、

今となってはこれでもだいぶ焼けてるな。

■積み重ねることでの達成感を感じるようになった

25m泳げない僕に、

同級生で水泳教室に通ってる友達は丁寧に泳ぎ方を教えてくれました。

初夏ともいえない季節に、清掃を終わらせ水が溜まりきっていないプールで。

最初の目標は息継ぎできること。

その次は100m泳げるようになること。

そして、飛び込みができるようになること(これができなきゃ大会に出られない)。

子供の成長期と重なったからかどうかはよくわかりませんが、

本当にあっという間に100m泳げるようになりました。

ただ、体力がないのでレースになるほどではなかったので、

初の中体連郡大会では50m自由形に出場。

今でも憶えてますが、初めての記録は50mを32秒。

とても先輩に褒められました。

嬉しかった!

工作では褒められたことがあったけど、

運動で褒められることなんてなかったから。

■気がついたら部の中で3番目に速い選手になっていた

でも、親父に褒められることはありませんでした。

いつか「水泳部でなにを学んでる?」なんて質問をされたとき、

体が丈夫になったとか、いままで出来なかったことが出来るようになったとか、

そんなことを答えました。

「つまらん。そんなことしか考えられんのなら辞めてしまえ」

そんなことを言われました。

すごく落ち込んだし、すごくムカつきました。

親父の言ってることや考えてることは意味がわからなかったので、

シカトして部活を頑張りました。

ときにサボったりもしましたが、バタフライも泳げるようになり、

バタフライと自由形の選手として大会に出場。

メドレーリレー、フリーリレーメンバーにもなりました。

最後の県大会フリーリレーで出した僕のベストは、100mを1分5秒でした。

■なにもできないはずの僕が、ひとつできるようになった

とくに秀でた才能が子供の頃からあったとか、

英才教育を受けたとかはありません。

むしろ人よりなにもできないと思ってたし、

いろんな部分で勝てるものはないと思っていました。

思いもよらない一歩だったけど、

踏み込んでみたら意外とできちゃうことってあるんですよね。

たぶん、この経験が「やってみたらどうにかなるんじゃない?」っていう、

僕の楽観視につながってるように思います。

おかげで寄り道を沢山しましたし、今もしてるんだと思います(じゃなきゃ困る)。

まずは触れてみましょう!

パカー!

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA