だから 僕の傍に いつまでも傍にいておくれ 

こんばんは。

お腹が空いてるからって御飯を食べて直ぐ寝落ちするのは良くないですね井浦です。

でも御飯は食べたい。

そして寝たい。

『田中』は今日も元気です。

『田中』は今日も元気です。

■懐かしい映画を観ました

先日、

あだち先輩とFacebookでコメントのやりとりをしまして。

あだち先輩とは: 童子、童、泡盛工場に現れる、口が三角

あだち先輩とは:
童子、童(わらし)、泡盛工場に現れる、口が三角

天狼院書店メディアグランプリに投稿されている作品をご紹介していて、

その作品を読んだ僕が感想をコメントしたんですね。

そのやり取りのなかで、

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映画『スタンド・バイ・ミー』の話が出たわけです。

1986年の作品。 ってことは、僕は当時8歳。 TV放映されたのはもっと後だとしても、 やっぱり初めて観たのは十代のときですね。

1986年の作品。
ってことは、僕は当時8歳。
TV放映されたのはもっと後だとしても、
やっぱり初めて観たのは十代のときですね。

「なんだか懐かしいなぁ」と思うと同時に、

無性にまた観たくなりました。

■今日で観るのは何度目か

初めて観た時は、

50年代のアメリカ音楽が好きになれたこと、

「ビビった罰」の肩パンやケツキックが流行ってみんなでふざけ合ったこと、

そんな楽しみ方でした。

いつだったか、大人になってからまた観ました。

当時を振り返りながら語るゴードンと同じように大人になった自分を重ねながら、

回想録を見ているような印象でした。

初めて観た時より、

内面的なことを感じながら観れたからかもしれません。

12歳といえば小学6年生。

来年度から中学生になることで、

また一歩大人に近づいていくことを実感するときです。

子供ながらに感じる大人への憧れや不安、

自分より大人に近い青年たちとの関係。

精一杯虚勢を張る姿が、痛々しくも清々しく感じたんだと思います。

そして最後のこのシーン。

最初は意味がわからなかったけど、

幼なじみを思い返して「そうかもしれない!」とその時は強烈に感じました。

最後の一節にある、 ”I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve.” 「私はあの12歳の時に持った友人にまさる友人をその後二度と持ったことはない」

最後の一節にある、
”I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve.”
「私は自分が12歳の時に持った友人にまさる友人を、その後持ったことはない」

映画では四人は卒業してバラバラになってしまいましたが、

四人だけの想い出を共有していることで感じる友情もあるんだな、と。

独りよがりなこの感情を誰もが一つは持っていて、

ずっと大事にし続けているんじゃないかな。

それを自己肯定する、最後の一言。

“Jesus, does anyone?”「誰でもそうじゃないだろうか?」

この物語は、

12歳の瞬間に花火のようにパッと開いた一瞬の友情物語なわけですね。

■いつだって新しい友情は生まれ育まれる

子供の頃から友人関係が続いているものも当然あるわけで。

保育園からの幼なじみ。

これもずっと良い関係でいれたら嬉しいし有り難い。

なかには、

思いも寄らず終わってしまった友情もあり。

悲しいことだけど、そんなこともありますね。

そして、

先日飲んだ友達は大人になってからできた関係です。

とっても大事な関係です。

一生涯の関係になれば良いな、と本気で思います。

こんな風に、色んな友人関係が僕の中にはあるわけです。

友達は子供の頃だけじゃなくて、

これからだってどんどん出来るし、

中には無くなってしまうものもあるんですよね。

ずっと変わらないものは無いけど『スタンド・バイ・ミー』を観て、

もっともっと色んな人と仲良くなって、

いままでの友人関係がもっと続いて、

いつでも楽しくあれたらいいなぁ。

そんなことを思いました。

アデュー!!

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