『調停』について

おはようございます。

仮眠してブログを書こうと思っていたら夜中の1時に起きてしまった井浦です。

またブログを書き損ねた・・・。

時の鐘は補修工事してました

『時の鐘』は補修工事してました

昨日は仕事が終わってから、川越に行っていました。

離婚をしてから子供の面会がキチンと実施されてないと感じたので、

家庭裁判所に申し立てをしてこの一年ほど調停をしていました。

「していました」ってことですが、

これまでの調停を続けたなかで面会実施が改善されたり、

子供が自分の意志で面会をするか判断するようになってきたと感じたので、

昨日で調停を取り下げました。

調停としては結論が出てない(取り下げだから)ってことになるんですけど、

僕としては調停を実施した意味はあったと思います。

あまりこの調停について詳細を書くことはできません(相手のことがあるので)が、

やってみたことで感じたことを書いてみようと思います。

あ、ちょっと長いですよ。

2014年の10月に離婚しました

2014年の10月に離婚しました

離婚するまでに、

妻が子供を連れて怒りの帰省➔

2ヶ月ぶりの帰宅の翌日に僕の荷物が納戸に移動されてから家庭内別居➔

相手方の突然の要望により別居➔

相手方がいつの間にか作成した公正証書を役場で調印➔

届けを市役所に提出して離婚成立!

ってな経緯がありました。

この間沢山のドラマ(?)が生まれたのですが、

それは言えない(´・ω・`)

その別居の段階で子供に会えない状況になってしまい、

これが2014年の6月だったから、

2015年の7月に再会できるまで1年以上の時間がかかりました。

電話をしても出てはもらえず、

一切のコミュニケーションを失ってしまいました。

家庭内別居のときでも、

子供たちとはそれなりに仲良くできていたと思います。

僕の部屋に遊びや勉強をしに来てくれたし、

妻が仕事をするようになり留守となるときは一緒にご飯を作って食べたりもしました。

※都合により写真は削除しました

別居した途端に僕を犯罪者と認識して酷く嫌われてしまったので、

腑に落ちなかったので調停を申し立てたというわけです。

調停を行うにあたり、

「調停員は常に相手方(妻)の味方だから覚悟しておけ」などと色々とビビらされていたのですが、

全然そんなことはありませんでした。

とても親身に僕の話を聞いてくれて、

相手方との調整をしていただけたんじゃないかと思います。

調停をすることで一番のメリットは、

時間を掛けて行い、

第三者を間に入れて話し合いができるということで、

気持ちが落ち着いてくるということかと思います。

時間を分けて別々に調停員と話をすることで一緒の部屋にもいないので、

その場で取っ組み合いになるような危険もありませんし(笑)

もうひとつは、

互いの正義に基づいた主張の議論は解決が望めないと思うのですが、

「法律的な見識のある方が話を聞いてくれる」ということでの安心感と、

それにより妥協点に納得しやすいというところもあると思います。

「そう言われれば、確かにその通りですよね」ってな感じ。

調停は申立人と相手方が主役の『話し合い』なので、

調停員は前に出てきません。

話し合いの調整をするので、

「こうしなさい」「あぁしなさい」ということは言いません。

アドバイスと、「こういうことですよ」という相手の主張を分かりやすく解説してくれます。

つまり、相手が捲し立てて話してこないぶん、

こちらも冷静に相手の主張を吟味できるんですねぇ。

調停をする前は「味方はいない」っていうアドバイスを信じていたこともあり不安でしたが、

「積極的にやった方がいいんじゃない?」という考えに変わりました。

夫婦喧嘩などから離婚を考えている人には、

是非実施してもらいたいです(安易に実施してもいけませんが)。

『調停』というと離婚を前提にしているとか、

裁判のようなイメージがあると思いますけど、

決してそんなことはないと思います。

あくまで話し合いというスタンスなので、

円満に解決することを調停員も望んでいます。

話は変わりますが、今回の調停を経て一番驚いたのは、

「子供の成長って凄いな」というところです。

いままで面会が実施できなかったのは、

母親が恣意的に子供の意思をコントロールしていることで面会できてないんじゃないか、

という思いでした。

しかし最近になって、

子供が母親に流されることなく自分の意思を主張するようになったと感じます。

調停員から聞くところによると、

以前より僕の話をするようになり、

次の面会のスケジュールについて自分から「こうしたい」と言うようになったそうです。

自分が想像しているより、

遥かに大人に成長しているんだなぁって思いました。

体が大きくなってるだけじゃなく、

精神も大きく成長しているんですね。

ただただ、凄い。

同時にそれは、

母親が日々努力したんだな、

っていうことに気付くことができました。

僕はどうしたって子供と一緒に生活してないから、

日々のことはなにもしてやれない。

裏を返せば、

子供の日々の生活から逃げてられるんですよね。

自分のことだけ考えていれば良いんですもん。

実際そうだし。

そういう責任から、

僕だけ離脱して好きに生きてる。

贅沢というか、

無責任なくせに偉そうなことばっかり言って卑怯だなぁって思いました。

あぁ、色々変わったのは子供だけでもないですね。

こんな二律背反した正論と自分の主張との矛盾を思うようになったのは、

僕にも大きな変化があったってことですね。

なんか結論が導きだせないかんじですが、

調停をやって良かったなぁってことは間違いなく思います。

アデュー!

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